子どもの頃から、
「ちゃんとしていれば認めてもらえる」
という感覚が、ずっとどこかにあった。
テストで良い点を取る。
怒らせない。
反抗しない。
期待通りに動く。
そうやって“良い子”でいることで、安心を手に入れてきた気がする。
でも、大人になって、好きな人ができて、結婚したいと思った今も、その延長線の上に自分がいることに気づく。
親に彼女との結婚を認めてもらいたい。
そのためには、もっとしっかりしなきゃいけない。
ちゃんと働いて、ちゃんと生活して、未熟なところをなくして、「もう大丈夫だね」と言われる人間にならなきゃいけない。
だけど親は、僕のできていない部分を見る。
部屋が散らかっている。
考えが甘い。
仕事もまだ安定していない。
感情的になることもある。
そして言う。
「まだ結婚は無理だね」
その言葉を聞くたび、まるで人生の許可証を握られているみたいな気持ちになる。
もちろん、親が心配しているのも分かる。
人生経験から言ってくれている部分もあると思う。
でも、どこか苦しい。
なぜなら、自分の人生なのに、
“合格”をもらうまで前に進めない感覚があるから。
たぶん僕は、「結婚を認めてもらいたい」だけじゃなく、
「未熟な自分でも大丈夫だと言ってほしい」のかもしれない。
でも現実には、誰かの評価を完全にクリアしてから人生を始められる人なんて、たぶんいない。
結婚って、完成した人間同士がするものじゃなくて、未完成なまま一緒に生きていくことなんじゃないかと思う。
だから最近は、少しずつ考え方を変えたいと思っている。
親に認められるために生きるんじゃなくて、
彼女とどんな人生を作りたいかを、自分の言葉で考えたい。
未熟さをなくすことより、
未熟なまま責任を持つことの方が、大人なのかもしれない。